『食後は庭園をお散歩』(2021/08/14)

Après le déjeuner, je me suis promené dans le jardin japonais et j'ai visité la maison d'une célébrité historique.
C'est "Murin-an"
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昼食後は、無鄰菴別棟の洋館を見学してからの庭園のお散歩。
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庭園は、東山を借景として、そこから小川が流れてくるような錯覚を覚えます。
小川の水は琵琶湖から流れてきているそうです。
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この日は雨でしたが、札幌は今夏、干ばつと言っていいくらいに雨が降らずカラカラで草木が枯れている状態でしたから、真夏の雨の中で活き活きとした緑は非常に美しく感じました。
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写真二枚目の洋館のこの部屋は、有名な無鄰庵会議が開かれた部屋です。
元老・山縣有朋、政友会総裁・伊藤博文、総理大臣・桂太郎、外務大臣・小村寿太郎の四人で対露外交が話し合われました。
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議事録などはない内々の会議でしたが、当時の様々な記録を照合する限り、山縣さんや伊藤さんは対露開戦には踏み切れず、満州をロシアに、朝鮮を日本にということで外交交渉継続ということで話は一旦終わったようです。
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当時の価値観では朝鮮を完全に捨てて日本海を防衛ラインとすることは出来ず……でしょうねぇ。。帝国主義の時代のアジアの小国としては将来性が絶望的だもの。
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競馬の結果が出てからの予想みたいな無意味な話かもしれませんが、日露戦争って後から振り返ってみてもどうも僕には勝てるいくさとは思えないのです……。
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10回やったら、9~10回は負けるような中での奇跡の勝利だったと判断しています。
もちろん当時の人たちの判断も動きも素晴らしい人たちばかりだと思いますが、当時のロシアに勝つということはそれほどまでに難しいと判断します。
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現代人の僕の感覚からすると、あんな綱渡りで国家が死ぬか生きるかの戦争を出来るものかと……驚愕の思いです。
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結果的に勝ちましたが、その後の軍部及び国民総ての増長、傲慢さ、勘違い、痴呆化と、最終的には国家が滅ぶのを見て、やっぱり理想論としては、現状の対中共防衛線のように、朝鮮を捨てて日本海を防衛ラインとするのがベストだったと……。
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その後にももちろん分岐点ってたくさんあったけれどね。
軍の独走ってもう革命の宿命というか、日清戦争時にしてもかなり政府判断に反して軍は勝手に動いているよね。それ以前からそもそも軍は政府の下にはないものね。。。
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大東亜戦争であんなグダグダで国家を完全に滅ぼして、日清、日露で奮闘した方々、戦死した英霊に大変申し訳ないと思います。
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色々と考えながら洋館を見て、庭園を歩いておりました。
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