代表プロフィール

ほっかいどう若者就労支援訓練センター代表 齊藤宗弘プロフィール

1973年・北海道札幌市に歯科医の父と専業主婦の母のもと、五人兄弟の長男として生まれる。
しかし親子関係などに悩み、中学2年で非行に走る。
不登校ではなかったが、明け方まで悪友と遊んでお昼から学校に行く生活。
高校はかろうじて道内に2校ほど受け入れてくれる所があり、そのうちの一校に入学。
中学のときに父が私の部屋で初めて男泣きをして「なんで俺からこんな子が生まれたんだろう」と言われた。お前が育てたからだろうと反発心を抱きながらも父も悩んでいるのだと伝わり、この頃から少しづつ更生していく。
高校卒業後は東京の専門学校に入学、しかし中退。
生き迷ってしばらくひきこもりも経験するが、奮起して東京で働き始める。
さまざまなアルバイトや職業を経て、1995年思い立ち渡仏。
フランスで語学を学び仕事をしながら、ヨーロッパ各国を廻る。
その間にトルコ人、クルド人の友人たちも多く持ち、中東でも半年ほど暮らしながら、人が生きるということ、民族、国家というものについて幾晩も語り合い、悩む。
ここで書けない出来事も沢山あったが、クルド人独立国家建設を夢見てヨーロッパや中東で政治運動や政治活動などを行なう。
2000年、ここでは語ることが出来ないことも色々とあり、またまた生きるということに迷い、帰国してニート生活に突入。ぶらぶらしながら無頼を気取る。
日本でもやはり人が生きるということ、生き死にの狭間に感心が強く、札幌ではそれがもっとも色濃く出ている街、すすきのという場所で生きることに。
しばらく黒服として生活する。そこでも様々な人間模様に出会う。
その後はしばらく、死へ向かう老人達の介護の世界へ。


それまでに多くの生き迷う若者たちと世界中で出会う。
ドラッグ、売春、暴力、そして自傷行為やひきこもり、ニート......。世界中どこでもある話。
精神疾患に関しても多くを学ぶ。

あるきっかけがあって、私の立ち上げた会社が厚生労働省から若者自立支援事業の委託を受ける。私が現場責任者となって若者たちの具体的自立支援を始める。
自立就職率は70%以上を達成。
厚労省の施策をある程度評価しつつも様々なことに疑問、限界を感じて、会社・事業を譲渡する。

ほっかいどう若者就労支援訓練センターを開設。
現在は生き悩む若者たちと共に生活しながら、様々な青年たちや親御さんの相談にのっている。



◆元 余市青年会議所 会員
http://www.age.ac/~yoichijc/
◆元 北海道中小企業家同友会しりべし・小樽支部 会員
元 北後志地区 地区幹事
元 農業経営部会 会員
http://www.hokkaido.doyu.jp/shiri-otaru/index.html
◆元 余市商工会議所 会員
http://www.hokkaido.cci.or.jp/yoichi/

◆元  北海道中小企業家同友会札幌支部
元  障害者問題委員会 会員
元  農業経営部会 幹事
元  西・手稲地区 会員
元  青年部会(未知の会) 会員
http://www.hokkaido.doyu.jp/
http://www.hokkaido.doyu.jp/sapporo/index.html

◆札幌市西区所属町内会にて 民生委員・児童委員

その他異業種交流会等多数参加


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